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Dick Gregory (ディック・グレゴリー)

職業 >>役者, コメディアン,
生年月日 >>10月12日1932年
出生地 >>St. Louis, Missouri, USA
忌日 >>08/19/2017 (享年 84 歳)
配偶者/パートナー >>Lillian Smith (2 February 1959 - present)
子供 >>10 children
軍歴 >>US Army

 熱き思い
コメディアンで活動家のディック・グレゴリーは、映画にはあまり出演していないのが残念だ。活動家として、又は著者としての彼の方が有名なのかもしれない。彼の本「Nigger」を読んだ事あるが、冒頭で彼の母に宛てた言葉が素敵だった。「これからNiggerと聞く事が増えるかもしれないが、それは彼等がこの本の宣伝している為だ」と。彼のウィットに富んだコメディアンの才能と、彼自身の優しさがあった。

そして公民権運動家として活動したグレゴリーは、マルコムXが「マルコムX自伝」でグレゴリーの事を記述しているので引用したい。
「ハーレムのアポロ劇場の楽屋でコメディアンのディック・グレゴリーがこちらを見て、「ねえ」と声をかけてきた。「ムハマドってのは、ただの...」−そのとき彼のつかった言葉をいうのははばかられる。くわせもの!そんな言葉だった。教団員としての本能はディックをやっつけろと命じていたがー私は逆に無力感と空しさに襲われた。ディックは私が腹を立てたことを察して、その話をやめようとした。シカゴの住民であるディックは世情にも通じてもいたし、あけすけにものをいった。いまの話はだれにもいわないでくれ、と頼みたかったがーとてもできなかった。そんな事をしたら、それを事実だと認めたことになるだろう」。
マルコムXがまだネイション・オブ・イスラムに属していたが、教祖のイライジャ・ムハマドの不貞を聞いて苦悩していた時期の2人の出来事である。如何にグレゴリーが精通し影響を与えていたかも分かるエピソードである。

 バイオ
セントルイスで産まれたディック・グレゴリーは、大学で南イリノイ大学に陸上の奨学金で進む。しかし1950年代に陸軍に徴兵され2年間所属。その時に軍内でスタンダップコメディ的な事を経験。その後に大学に戻るも、走る事だけを強要され、大学を中退。1960年に入り、郵便局で働きながらシカゴでコメディをするようになり、ビル・コスビーや二プシー・ラッセル、ゴッドフリー・ケンブリッジ等が同じようにコメディクラブで活躍していた。「プレイボーイ」誌の有名なオーナー、ヒュー・ヘフナーに気に入られ、白人のコメディアンの代わりに彼のクラブ「プレイボーイ・クラブ」にて、レギュラーコメディアンとして活躍した。またその頃に自伝的小説「Nigger」を出版し、現在まで700万冊ものベストセラーとなっている。その頃から活動家をしても活躍するようになった。

2017年、細菌感染で入院中に心臓発作で他界。享年84歳。最後までスタンダップコメディ・ライブで全米を回っていた。私の追悼文はこちら

 トリビア & etc...
活動家でもある。

 主演作
* The Hot Chick (2002) .... Bathroom Attendant
* Children of the Struggle (1999) .... Vernon Lee
* Panther (1995) .... Rev. Slocum
* Sweet Love, Bitter (1967) .... Richie 'Eagle' Stokes

 受賞歴

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 リンク
 オフィシャルサイトNot available

 インフォサイト
http://www.imdb.com/name/nm0339793/
http://en.wikipedia.org/wiki/Dick_Gregory
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Last Modified: 2004-11-18
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