Minstrel

黒人エンターテイナーがブラックフェイスにしていた頃です。
黒人コメディアンの誕生期

(活動時代順)
William Henry Lane (ウィリアム・ヘンリー・レーン)
1825年生まれ-1952年没
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本名はウィリアム・ヘンリー・レーンという、マスター・ジュバがアメリカ初の黒人エンタテイナーの1人とされている。 もちろん彼等は白人と舞台を踏む事で、歴史に名を残している。
イギリスの作家チャールズ・ディケンズがアメリカを訪れた際に、ニューヨークのファイブポインツで17歳頃のジュバを見ており、 「アメリカ紀行」に登場するダンサーがジュバと思われ、「元気のいい黒人少年」と称している。
ダンスコンテストに出場し、白人のダンサーに勝つ事も多かったとされている。直、このジュバがタップダンスの父と言われる事が 多々ある。
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Thomas Dilward (トーマス・ディルワード)
??年生まれ-??年没
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上のマスター・ジュバと共にアメリカ初の黒人エンタテイナーの1人。ジャパニーズ・トミーと呼ばれていた。 身長が60センチから90センチ位だったと言われており、小人だった。南北戦争前に、白人のミンストレル劇団で活躍しており (マスター・ジュバも同じく)、白人の前で最初に黒人の踊りを披露したとも言われている。 ただマスター・ジュバよりも、よりコミカルな踊りや歌を披露しており、よりコメディに近かったようだ。
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Charles Hicks (チャーリー・ヒックス)
?生まれ-1902年没
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チャーリー・ヒックスは自らパフォーマーとしても活躍したが、それよりも黒人だけのミンストレル一座を率いてマネージメントした事でも有名。幾つかの一座を結成した後「Hicks and Height's Georgia Minstrels」としてドイツでの公演も成功させている。その後も別の一座でオーストラリアやニュージーランド等でも興行を成功させている人物。ビリー・カーサンズやボブ・ヘイト等の人気パフォーマーをマネージメントしていた。
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Billy Kersands (ビリー・カーサンズ)
1842年頃生まれ-1915年没
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歌にアクロバティックな踊りに、口にビリヤードの球やカップ、受け皿等を入れるパフォーマンスで人気になった。 白人と黒人の観客の両方に受け入れられて、特に南部で大スターとなった。自分で劇団を作る程になり、 マルディグラ等にも参加していたらしい。成功を収めて、東部にもツアーにまわったが、南部で主に活動していた。 ジェリー・ロール・モートンが彼の劇団に居たことでも良く知られている。
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Bob Height (ボブ・ヘイト)
?年頃生まれ?年没
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ミンストレルパフォーマーとしてワシントンDCにて絶大な人気を誇っていた。各地を回った後に、チャーリー・ヒックスとコンビを組んでドイツ公演を成功させた後には、一座がチャールズ・カレンダーの手に渡るとあまりお金が貰えなかった為に一座と共にグループを離れて別の一座を結成した。しかしカレンダーに盗作と批判を受けてからは、ショーはあまり成功せずに他のパフォーマーはカレンダーの元に戻ったが、ヘイトだけはヨーロッパに移住した。移住した後もヨーロッパ各地でショーをしていた。
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James A. Bland (ジェームス・A・ブランド)
1854年生まれ-1911年没
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コメディというよりは、ソングライターです。ヴァージニアのオフィシャル州歌になっている「Carry Me Back to Old Virginny」の 作曲者として知られている。その彼も元はミンストレルのショーに出演し、ヨーロッパ等のツアーもしていたらしい。 ブランドは14歳でバンジョーの演奏を始め、ハワード大学を卒業し700曲もの曲を書いたと言われている。
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Ernest Hogan (アーネスト・ホーガン)
1865年生-1909年没
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ケンタッキーで生まれたアーネスト・ホーガンはミンストレルのショーで各地を回った。「All Coons Look Alike to Me」という曲で有名になったホーガンだが、 「Coon」という黒人蔑視の言葉を使用した事批判されていて、晩年になって使用した事を悔やんでいる。しかし、黒人の彼がミンストレルのパロディをする事で、白人のするパロディが馬鹿げて見えていた事実は評価されている。
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Bert Williams & George Walker (バート・ウィリアムス&ジョージ・ウォーカー)
ウィリアムス(1874年生-1922年没)ウォーカー(1873年生-1911年没)
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ブラックコメディの歴史は彼等から始まった...
ウォーカーは薬売りのショーからキャリアを始め、ウィリアムスもバーやレストランでコメディを始めた。 2人が出会ったのは1893年にサンフランシスコにて。2年程は別々の団体で働いていたが、その後に一緒になった。 2人は人気者になったが、ウォーカーの方が1909年辺りから病気により、台詞等を記憶するのが困難になった。 その後はウィリアムス1人で活動し、ジークフェルドの舞台に立つようになった。
バート・ウィリアムスは特に「最高のコメディアン」と称されている。


Charles Sidney Gilpin (チャールズ・シドニー・ギルピン)
1878年生-1930年没
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俳優になる前は生まれ故郷のヴァージニア州リッチモンドにて、印刷工の見習いをしていた。12歳の頃からシンガーの才能を発揮し、 舞台に立っていた。その後に色々な職をこなしながらミンストレル等のステージにも立っていた。1920年ごろにようやく俳優として 認められ、ブロードウェイの「巨人ジョーンズ」の主役にてデビューを飾る。NAACPや大統領からの名誉も送られた。


John W. Cooper (ジョン・W・クーパー)
1873年生-1966年没
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黒人初の白人の前で腹話術を披露した。1886年に南部の劇団に所属してツアーに周り、1900年頃にミンストレルの劇に立つ。 他のパフォーマーとは違って、腹話術をやっていた。白人のミンストレル劇団員がストを行った際もそれを無視して、舞台に立ち続けた。 後に有名な腹話術師シャリ・ルイスに指導している。また実の娘がニューヨークで活躍する活動家だった。


Flournoy E. Miller and Aubrey Lyles (ミラー・アンド・ライルズ)
ミラー(1887年生-1971年没)、ライルズ(1884年生-1932年没)
Filmography >> "Miller and Lyles Sing de Ducks"...

フローノイ・ミラーとオーブリー・ライルズのコンビ。1900年〜30頃に主に活動。 ユービー・ブレイクの「Shuffle Along」の舞台でも御なじみ。 ミラーは1932年にライルズ亡き後、ハーブ・ジェフリーズのウエスタン映画に多く出演している。その後には、ユービー・ブレイクの半生を 舞台化した「Eubie!」では、トニー賞のオリジナル・スコア賞にノミネートされている。
Sorry, No source on the web


Butterbeans and Susie (バタービンズ・アンド・スージー)
バタービーンズ(1895年生-1967年没)、スージー(1896年生-1963年没)
Filmography >>

夫婦コンビ。それぞれ別にステージに立っていたが、1916年に出会い1917年に舞台の上で結婚してからは、 夫婦コンビとして活躍したが、コメディアクトをするようになったのは1920年以降で、2人がTOBAに所属するようになってから。 2人はブルースシンガーとして、Okeh Recordsで録音もしている。「Hot Dog」という曲は、内容が過激な為、 Okehも販売を拒否したとか。1920年代から30年代が全盛。1950年から1960年頃には、ステージに立つ事もなかったようだが、 マムス・マーブリーを励ましたり、ステピン・フェトチト等のキャリアに波があったコメディアン達を、 シカゴの自分達の家に住まわせていたらしい。


Clarence Williams (クラレンス・ウィリアムス)
1898年生-1965年没
Filmography >>

有名なジャズピアニストでありコンポーザーですが、12歳で上記のビリー・カーサンズのミンストレル劇団に入った。 ビジネスマンとしても長けていたウィリアムスは、ヴォードヴィルやバーのマネージメントもこなしていたという。 ブルースの生みの親といわれるWCハンディともツアーしたりした。名前でピンと来た人もいるかもしれないが、 映画「Tales from the Hood」等で知られる俳優クラレンス・ウィリアムスの実の祖父。


まとめ
ミンストレルのショー自体は、コメディ色が強いものでしたが、それらを演じていたのは、 上記を御覧の通り、ミュージシャンが多かった。また、ミンストレルをきっかけに 後に有名なミュージシャンになる人が多かったのですね。


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参考文献
On the Real Side >> 著者 Mel Watkins
Toms, Coons, Mulattoes, Mammies, Bucks >> 著者 Donald Bogle
Black Comedians on Black Comedy >> 著者 Darryl J. Littleton


Last modified 12/10/06

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