12. Colors    フォントを大きくする フォントを小さくする

この前、たまたまテレビを見ていたら、「色」という物は、何十億とあるそうだと聞いてなぜか驚いた。 それで本当は「何十億」なのか?と気になって色についてインターネットで調べたら、 その辿りついたホームページの製作者の方は「おそらく神でも分からない数の色が存在する」というような事が書いてあって、 何だか嬉しくなった。

そう、私が好きで探求しているこのブラックムービー界においても、その「色」の数は、天文学的数字になる。 十把一絡げに「ブラックムービー」とされているが、でも本当は「黒人映画」でもなく「黒い映画」でもないのが、 「ブラックムービー」だ。

例えば、1930〜50年代のブラックムービーと呼ばれたもの(その頃の呼び方はレイスムービーと呼ばれていたが)では、 「Imitation of Life」や「Pinky」に代表されるムラトー(黒人と白人の混血)の悲劇を描いた作品が当時の流行だった。 また、ドロシー・ダンドリッジのような比較的に色の白い女性がアイドルになる時代でもあり、 色で言ったら限りなく「白」に近いものが良しとされていた時代の映画界だった。
所が、シドニー・ポワチエが登場してきた1950年代から時代は「白と黒」になっていく。ポワチエは、黒人の威厳を保ちながら、 白人と友情を深めた。ポワチエの演技は、「黒と白」を単純に混ぜた「灰色」でなく、歴然な「黒と白」だったように思える。 しかし、やはりそこには「白」が入る事必然的だった。 それは、観客のマジョリティであろう人々が喜ぶ仕掛けがその色だったからだ。

そして「スイート・スイートバック」が公開された後の1970年代以降は「ブラック・イズ・ビューティフル」の言葉と共に「黒」が 主流になる。自分達のプライドを取り戻した彼等だが、彼等以外の人々には、なぜかその「黒人らしさ」が、もてはやされたが、 その彼等以外の人々によって、歪曲されステレオタイプを生む原因ともなった。

80年代に入り、スパイク・リーやロバート・タウンゼント、チャールズ・レイン等が、自分達で映画を作り始めると、 色が天文学的になり始める。そう「自分色」の出現だ。

しかし、90年代に入り「自分色」で作られた「ボーイズンザフッド」等の興行的成功によって、映画界の商業的部分の人々が、 また「黒人らしさ」で儲けを考えるようになって、ギャング物、フッド物と呼ばれる映画が多産された。 もちろんそれらも「黒人」であり「自分」なのだが、まだ何か抜けているような色であったし、また違う色も沢山あったのに、 そればかりになっていた時代だ。お金色な時代でもあったように思える。

ハリ・ベリーがオスカーを受賞した2002年。彼女が黒人女性として「初」のオスカーを手にした時にでも、 「ベリーが黒人女性として初めてとは、考えにくい」と言っていた人々もいた。それは、彼女の赤い血には、 白人の血が流れていたからだ。ホンの1年前の話しだ。

また「スイート・スイートバック」や、80年代の「自分色」の映画が増えつつあるが、未だ「お金色」な映画界でもある。 その「色」が増えるかどうかは、私達が色盲であっては、絶対に増えない。私達の「お金色」で、 私達が好きな映画は幾らでも豊かな色彩を描いてくれる筈だ。まずは、私達の色彩感覚が問われる時代になって欲しいと願う。


10/7/03

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