3. That Night    フォントを大きくする フォントを小さくする

あの夜。そう、あのオスカーナイトの事。こういうサイトをやっている者にしては、とにかく感動した。 作り物のオスカーと言われようと、彼ら3人が手に入れたのは事実。(世の中に作られた物じゃないのなんて、どこにあるのさ...) あの夜の事を、作れられたドラマだと、人々は言う。私は、それでもいいと感じた。今までの歴史を、 それで帳消しに何て出来た訳じゃないけど(したつもりもないだろうけど)、少なくても、それに続く若い俳優、そして本人自身に、 自信と希望が生まれた筈だ。私が、今まで、デンゼル・ワシントンが獲得する事を願ってきたのは、そこにある。希望と自信。 あのデンゼルが取れなくて、どうして他が取れるのだろう?希望と自信すらなくなってしまう。

全ての問題は、希望と自信で解決出来る訳じゃないけど、やっぱり人々は、希望と自信を失ってしまったら、解決できる事も、 出来なくなってしまうんだと思う。60年代に、キング牧師とマルコムXという人物が登場し、活躍したのは、 キング牧師の希望とマルコムXの自信だったと、いつも思っている。全てを解決していないけど、彼らは希望と自信を「声」にして、 彼らは前進は出来た。今回の3人のオスカー受賞は、ハル・ベリーの希望、そしてデンゼルとポワチエの自信を、見せてくれたのが、 大きな宝。そのみんなの希望と自信は、他みたく、メモを片手に、観客の前に立ったりはしなかった。「役者」って、 やっぱりカメラと観客の前では、紙きれなんて見ないものだと、言わんばかりに、大事な人の名前を一人くらい忘れても、 彼らは自分達の言葉で、観客の前に立ち、素敵な「声」を聞かせてくれた。

私は、彼らがオスカーを獲得して歴史を作った事が凄い事だとは、ちっとも思ってない。彼らは、それらに値する俳優だったから、 あの舞台に立てたのだと思うから。今まで、彼らはアフリカンアメリカンだったが為に、オスカーを逃してきた事もあったかもしれない。 でも、アフリカンアメリカンだから取れた今回とは、決して思わない。白人でなかった為に取れなかったものが、 白人でなかった為に取れる事なんて、あるのだろうか?かと言って、これからアフリカンアメリカン俳優が、 次々とオスカーを獲得するとも思わない。けど、イギリスのオスカーでは、まだアフリカ系の俳優が受賞した事がないそうだ。 あの夜を機に、彼らはそれを「声」にした。それに、これから少しは、あの夜のお陰で、希望と自信に満ちた若者達のがんばりで、 「アフリカンアメリカンだから..」とか、「白人じゃないから...」なんて言葉を一掃出来る程の活躍が期待できる... もちろん、私はデンゼルもハル・ベリーもシドニー・ポワチエも、それに値する俳優だったと思っている。 世の中から、そんな言葉を消してくれるに、違いない活躍だった。しかし、まだいるそんな言葉をいつかは、 消してくれるだろうと思わせる、そんな前進した夜だった。


3/26/02
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