8. Spike Lee Joint    フォントを大きくする フォントを小さくする

つい最近、ヤフージャパンのニュースサイトに、「スパイク・リーが反戦を表明」という記事を載せていた。 どうやら彼がベルリン映画祭に訪れた際に記者会見で話した内容が載せてあった。そのベルリン映画祭では、 同じ監督のマーティン・スコセッシや、俳優のダスティン・ホフマンが同じ「反戦」の表明をだしたにも関わらず、 記事になったのは、リーのものだった。「スパイク・リーの作戦」が日本でも浸透しているようで、 パソコンの前で、一人ほくそえんだ。

私は、「スパイク・リーの作戦」に、見事にはまってしまった一人だ。私は、リーの作る映画は全て好き!っていう程、 好きじゃないけど、彼の功績はやはり凄いと思う一人。私が彼を尊敬するのは、その拘りのある映画作り。 私だけじゃないと思うんだけど、リーの映画を見た後って、しばらく映画やその事柄について、考え込んでしまう。 時には1日中考えてしまう事もあるし、「Bamboozled」に至っては、未だに考え中である。 別に彼自身は「俺の映画を見て考えろ!」とは言ってないけど、いつも映画を見終えた後考え中には、 「こりゃまたスパイクに一本取られたな〜」と感じるのだ。やはり、彼のアフリカン・アメリカンである事の誇りと、 その拘りと研究しつくされた映画作りだから、私達はその感覚を感じるのだろう。その感覚は私だけではないと知っている。 新進監督で、リーの下で勉強したリー・デイビスは、スパイク・リーの映画を80年代に見て、 「大学の映画館で『She's Gotta Have It』を友達と3回も見た。その後には必ずいい討論が出来たからね」と話している。 また私がこのエッセーを書くきっかけとなった古い雑誌にも日本人のライターの方が、 「スパイクの映画を見た後は釈然としない気分が残る」と書かれている。リー・デイビスとその友達、 そしてその日本人ライターの方もまた、私と同じようにスパイク・リーの作戦に見事にはまってしまったんだろう。 そのヤフーのニュースを日本でも訳して載せた人も、きっとスパイク・リーの作戦にはまったんだと感じた。

しかし、まだ日本人の中には、その彼の作戦にはまっていない人もいるらしく、どこかで読んで、ちょっとびっくりしたのが、 彼の映画「ジャングル・フィーバー」を見て、たんなる不倫映画だと述べた人もいるようだ。映画の感じ方は、 人それぞれだから仕方ない事なのかもしれないが、リーのあの作品を見て、出たのがその言葉だとすると、 あまりにも時代に鈍い気がしてならない。小学生が「マルコムX」の名を聞いて、冗談交じりに「マルコメX」というのと、 あまり変わらないレベルだろう。大人で、もしそういう事を言える人は、きっと世界に出て行く人じゃないと思うし、 ましてやアフリカン・アメリカンの世界に飛び込んで行ける人じゃないと思うので、あまり心配はしてないが、もし、 万が一そんな事がおきてしまったら、お願いだから彼等の前では言わないで欲しい。彼等の歴史を冒涜している。 「マルコムX」は、彼等の歴史の重要な人物であり、尊敬されている人物だ。もし、自分が尊敬している人----自分の母親でもいい。 その母親があるキャラクターに名前が似ているからといって、ジョークにされても、決して嬉しくないと思う。 私がそう思うのは、スパイク・リーが与えてくれた「考えるパワー」。彼の映画を見た事によって、多くのことを考えてきた。 自分の映画によって、「考えるパワー」を与える事が彼の作戦なんだろう。マルコムXの「By Any Means Necessary」を、 映画によって実現しているスパイク・リー。そんな彼も間違いなく、彼等の歴史の1ページに加わる筈だ。 そして、私達、日本人にですら、「考えるパワー」を与えてくれる人なのだから...


3/1/03
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